国際結婚を経て2008年3月にミシガンに移住。五大湖の州でのゆるい生活を、失敗談や楽しい出来事と共にお伝えします。       コメント大歓迎です!

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術後4日目。
                                            
明け方、何度もトイレに行く夢を見た。便秘のせいだと思う。
   
                             
わずか1日出なかっただけで、重症の便秘に感じる。
長い人生、便秘には縁がなかった。便秘がこんなに辛いものだとは思わなかった。
友人の中には何日も、ひどい時は1週間出ないと言う子もいるが、そんなことになったら私はどうなってしまうのだろう・・・きっと発狂するに違いない。
便秘のせいでお腹が張る。目覚めからお腹が張っていて気分が悪い。
トイレに行くも、全く便意がない。
起きぬけにミネラルウォーター500mlを飲み干したら、腸がなんとなくゴロゴロ言ってるけれど、それだけ。
昨日1日出なかったせいか、まだ腹部に手術時のガスが残っているのか?お腹がポッコリと張っていて傷口がしくしく痛む。
                                
相方が「下剤を飲めばいいじゃん。今から薬局に買いに言ってくる」と言った。
私は人生で下剤を飲むなんてことは、胃のバリウム検査後以外経験がなく、かなり躊躇したけれど、相方はそんな私を横目に薬局に出かけて行った。

その間に急にお腹が痛くなりトイレへ。
                                

タイミング悪いことに、相方が薬局に下剤を買いに行っている最中に・・・ 出たー!
                               
                                 

下剤(しかも2種類)を買い、意気揚々と帰宅する相方に
「出たよ」と言うと、喜んでくれるはずの相方は
「えぇ~。なんだよ~、せっかく買ってきたのに・・・」と超がっかりした様子。(便秘解消を喜んでちょうだい!)

                               

すっきりしたこの日は、友人Eさん(ロブスターフェスタで具合が悪くなった私を送ってくれた恩人)が我家に来て、手作りの和食を持ってきてくれた。
台所に立つのが辛いこんなとき、料理を持ってきてくれるのは本当~に助かる!!Eさんありがとう!!!
↓手前は肉じゃが。胆嚢摘出後は脂の分解がし辛いだろうと、お肉を低脂肪の鶏ひき肉にしてくれてました。奥はあっさり味の炊き込みご飯。右は現在日本からミシガンに遊びにきているEさんのお母様作の白和え。
syujutu13.jpg

どれも美味しかったです。せっかく日本から遊びにきてくれているお母様まで・・・本当に感謝感謝。

ほんの短時間だったけれどEさんと久しぶりに世間話して、一層元気が出た私は、術後初めて相方の運転でグロッサリーストアに買いもの出かけた。
お目当てのものが見つけられず、調子こいてお店を3軒ハシゴしたら3店目でお腹が痛くなってきた。
ちょっと調子に乗りすぎた。
帰宅して痛みと疲労にちょっと唸りながらしばし横になる。

夕飯は手術前に作りおきしていたラタトゥイユ。冷凍ミートボール2つ入れてみた。
久しぶりに肉らしい肉を食べた。ああ、肉が食べられる幸せ!

歩き過ぎた疲れと腹部の痛みがちょっとあったのでこの日も早めに就寝。

(つづく)


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2014.09.29 / Top↑
術後2日目。(ここからは短文に収めるように日記帳の記述とします)
                               
なんと10時間近く寝続けた。こんなこといつ以来だろうか・・・(思い出せない)
おそらくまだ麻酔が抜け切っていないせいと、前日眠れなかったせいと、前夜飲んだ強力な鎮痛剤(Hydrocodone)のためだろう。
                               
フラットなベッドだと自力で起き上がることが難しいため、携帯電話を取り、自宅の電話にかける。
電話が鳴る→相方が出る→起きるのを手助けしてくれと頼む→相方が寝室までやって来る

術後3日目まではそんなやりとりをするよう、事前に決めていたため、先に起きていた相方はすぐさまやって来た。

起き上がるときは手助けがあってもまだ痛い。お腹の4つの傷口と、胆嚢があったはずの右脇腹が痛む。
そして一番嫌なのが吐き気・・・。術後4日くらいは吐き気が残ると、昨日麻酔医の回診でも言われたっけ。

この日からは、強いHydrocodoneはストップし、同じく医師から処方された高用量のイブプロフェン(600mg)を服用。
手術創が痛くなったら4時間毎に鎮痛剤を飲んでも良いと、医師からは言われていたけど、幸い痛みは激痛ではないし、鎮痛剤に弱い胃腸なので服薬は一日2回(約10時間ごと)に決めた。
                                
朝ごはん:三分粥 (食後鎮痛剤と吐き気止め、それに便を柔らかくする薬を服用)
昼ごはん:同上
晩御飯・・・そろそろ美味しいものが食べたい。退院時にも、もう何食べても良いと言われたし・・・。
(吐き気があるものの術後2日目にして食欲が復活)

そういえば、手術前日に相方用にラタトゥイユ作ったな。それと・・・バターが入ってるため胆嚢摘出前は控えてたマッシュポテトが食べたい。(インスタントなら病み上がりの私でも作れる)
というわけで、ラタトゥイユとパンとインスタントのマッシュポテト。上はやはり手術前に作っておいたインゲンの胡麻和えとスイカの皮の浅漬け。
syujutu9.jpg

食後、朝のように鎮痛剤と吐き気止め、便を柔らかくする薬を服用。

この日、術後初めて便が出た。
でも、なんだかすっきりしない。お腹に力が入らないせいか?

夜早めに就寝。
                                 

術後3日目・・・。

手術の際に腹部内に空気を入れられたせいか?下腹部がパンパンに張っている。
痛みは多少はあるものの、酷くは無い。それよりも胃のムカムカが不快。

朝食は卵粥。(胆嚢摘出して晴れて我慢していた卵を食す)
syujutu10.jpg
うまいっ!!
食後イブプロフェン600mgと吐き気止めと便を柔らかくする薬を服用。

昼食は昨日同様残り物のラタトゥイユとトースト、そして術後用に事前に作っておいたゼリー。(左上は黄色いスイカ)
syujutu11.jpg

そういえば、便が出ない・・・昨日は出たけど、今朝は出ていない。
お腹はぽっこり出てパンパンに張っている。傷が開きそうな勢いで怖い。
トイレにいってもお腹に力が入らず力むことができない。

人生で数えるくらいしか経験の無い便秘に苦しむ。

夕食。
便秘でお腹が張っているため、炭水化物を食べる気になれず。
豆腐に納豆(パックに入ったまま/汗)。左上はキンピラ。
syujutu12.jpg

あ、だんだん、献立ブログのようになってきた・・・。やばい。

〈私は手術前、日本で胆嚢摘出手術を受けた色々な方のブログを訪問し、参考にさせていただいたものです。それらのブログでは術後も数日入院のため、このようなメニューは全て病院で出されたものが掲載されており、それはそれは美味しそうで栄養バランス抜群で参考になりました・・・が、いざ自分で用意するとなると大変だし、出来もショボイ。
まあ、出来はおいといて、便秘になっても相談する看護士もいなく、困った困った。〉

食後に鎮痛剤、吐き気止め、便を柔らかくする薬を飲んだものの、お腹はうんともすんとも言わず。

泣きそうになりながら就寝

(つづく)
2014.09.23 / Top↑
(前回からの続き)
入院を決めた私は、回復室に迎えにきた男性スタッフにベッドを押され病棟にある病室に移動しました。
病室に着くとスタッフは私のベッドを病室のベッドに横付けし、「このベッドから病室のベッドに移動しなきゃならないんだけど、自分で出来る?」と聞いてきました。
もうかなり前からトイレに行きたかったため、「大丈夫。それにトイレも行きたいし・・・」ということで、起き上がる時と歩く時を相方に手助けしてもらいながらトイレ(病室の中にあります)まで自力で歩いて行きました。
「あれ?全然大丈夫じゃん。やるな私(←自画自賛)」と思ったものですが、まあ、痛み止めの点滴が効いていたからでしょう。
しかし、便座に座りいざ排尿(リアルな表現失礼)しようとすると・・・出ない。
あれ? どうした?
お腹に全く力が入らず、尿を出すという動作が上手くできない模様。
暫く便座に座ったままでいると、ようやく・・・出てきた。 ゆっくりと少しずつ、しかも長く・・・(←さらにリアルな描写失礼)
手術(しかもお腹)したばかりなので、やはりお腹に力が入れられないのが原因のようです。
この日は、点滴をしていたせいか、この強い尿意とトイレに行ってもなかなか出ない状況に一晩中苦しみました。
                            
どうにか用を足して、ヨロヨロとベッドまで移動。相方とスタッフに助けられながらベッドに横になりました。
アイタタタ・・・鎮痛剤効いていても、動くとやっぱり痛い。
あと、なぜか胆嚢があったはずの右脇腹が痛い。
術後、執刀医が相方と話した際(私はまだ麻酔で眠っていました)、「しばらく右脇腹が痛くなるもしれないけど、心配ないkら」と言われたそうです。心配ないと言われても痛いと不安になる。
そして一番辛かったのが咳。
手術の際に気管にチューブを入れられていたせいだと思うのですが、喉がイガイガします。さっき、トイレでうがいをしたら真っ赤な塊が・・・おおっ 血だ!!(汗)
そして咳が出る。・・・しかし咳をするとお腹に激痛が!!
咳もまともにできない。そのことを看護士に伝えると、お腹を抑えるようの枕をくれました。
お腹に枕?!?傷あるのに?・・・と思ったけど、不思議なことに、お腹に枕を置いて抑え気味に咳をすると、何もなくするよりも軽減されます。
そんな辛さがあったものの、電動式でリクライニング出来る病室のベッドは快適。フラットだとお腹が痛くて寝ていられないけど、傾斜をつけるととても楽です。

部屋は個室。そこそこ広い部屋にTVや水道の流し、付添い人がゆっくり座れるカウチが完備。トイレも部屋内にあります。
病室というよりもホテルみたい。かなり快適です。

syujutu2.jpg


すぐに看護士がやってきて点滴チェック。
両足(足首からふくらはぎ)に、血栓防止用の装置(血圧測定器のようなカフ)をつける。
この装置のマッサージがなかなか良い。人によっては気持悪いと感じる方もいるかもしれないけど、私はお気に入りでした。
その後、バイタルのチェック。

部屋の中にはホワイトボードがあり、そこに私の名前と入院の理由、看護士と看護士助手の名前、食事内容(この日は完全に透明な液体限定と書かれていた/涙)、退院予定日などが記載されていました。

看護士が「食事どうする?」と訊ねました。
全く食欲は無かったけれど、喉がひどく乾いている(おそらく麻酔のせい)。
そして喉が痛い。
どうせ食事といっても透明なリキッドのみなので、飲み物でも頼むか・・・ということでメニューを見せてもらう。
↓おー!!すごい!まるでレストランのような品揃え!
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・・・しかし私は透明な液体限定。それは
↓こちらでした・・・(左の列限定) つまんない内容~
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しかし、コーヒーもOKなのね。(クリーム、ミルクはNG)
まあ、コーヒー飲む気にはとうていなれないので、カフェインフリーの紅茶(ホット)と、野菜スープ、そしてゼリーを注文。
なぜか相方が「フルーツパンチも!!」というのでついでに注文。
部屋から、ルームサービスを頼むように、電話で部屋番号と名前を告げて注文します。

↓そして届けられたのがこれ・・・(右の赤い液体がフルーツパンチ)
nyuin5.jpg

私は暫く暖かいカフェインフリーの紅茶をすすっていると・・・相方は10秒もかからない勢いで、フルーツパンチを飲み干す。(呆・・・)
おそるおそる、野菜スープを口にすると・・・びっくりするほど濃い味!しょっぱーーーっ!
(ちなみに、翌朝全く同じスープを飲んだのですが、驚くほど薄味でした・・・なぜだ?)
術後で味覚が狂っているのでしょうか?
                                      
午後6時頃になり相方が、「そろそろ僕は帰るよ。明日朝また来るからね。」と。
私ももうろうとしていたし、話すこともあまりできなかったので「わかった。気をつけてね。」と相方を見送りました。

                                       
その後うとうとすると、看護士がやってきてバイタル検査。
またうとうとすると尿意がきて看護士を呼ぶ。(血栓防止のカフがついているので1人でトイレに行けない)
・・・の繰り返しで殆ど眠れず。

完全に目が覚めてしまったので、テレビをつけると全米オープンテニスで錦織選手の準々決勝が。格上の対戦相手に勝ち、私もついついお腹に力が入る!イテテテテ!!

夜10時?11時?とにかく遅い時間になってまた看護士助手と看護士がやって来た。
どうやらシフトの交換で新しいスタッフに代わったらしい。(そのたびに挨拶に来るので眠れやしない)

そして眠れない一番の原因がドア。
部屋にはドアは勿論のこと、部屋に入るとすぐにカーテンの仕切りがあり、廊下から中が見えないようにできます。
それなのに、看護士や助手達は、私のチェックが終わるとカーテンの仕切りはおろか、ドアも全開したまま出て行く。
私の部屋は一番端にあり、その廊下には自動の大きな鉄の扉があり、それがウィーンウィーンと煩い煩い。
そして、なぜか、スタッフが廊下を通る度に私の部屋を見るためスタッフと目が合ってします。(私もそっちを見てるせい)
なんとも落ち着きません。
しかも深夜だというのに、看護士たちの話し声、笑い声が煩い~!
ついに、深夜1時過ぎにバイタルを測りに来て帰ろうとする看護士に「ちょっと・・・ドア閉めてもらってよい?」とお願いしました。
彼女は「ok」と言い、閉めてくれたけれど、完全には閉めませでした。これは何か理由があるのかな?患者を常に見れるため?

結局ぐっすり眠れることなく朝がやってきました。
やはり同じようにうとうとしかけたところで、部屋のドアが思い切り開いて起こされる。
・・・相方でした。。。
時計を見るとなんと5時半。早っっ!!
「いやぁ~全然眠れなくてさ」と。
それにしても早すぎる。
相方は既に私を退院させたそうで「さあ、帰ろう!」と言う。
「えー!!まだ帰らないよ。あたしゃ帰りませんよ」とダダをこねる老婆と化す私。
せっかく入院してるんだから、せめて昼近くまで居座って点滴打ってもらわなきゃ。まだ医師のチェックもないし。
暫く部屋にいた相方ですが、「なんだ・・・すぐに退院しないなら、僕はいったん帰宅する」とまたもや帰宅していきました。
全く・・・何しに来たんだか。

相方が帰宅して暫くしてから無性にトイレに行きたくなったのでブザーを押すとやって来たのは見たことないスタッフ。
またもや朝のシフト交換ということで新しい看護士と看護助手になっていました。
看護士の女の子が私の名前を見るなり、「Japanese?」と聞いて、そうだと答えると、
「ワタシニホンゴスコシハナセマス。」とつたない日本語で話し出したのでびっくり。
話しを聞くと、看護士になる前に、某日本大手企業で働いていて、日本に駐在していたこともあるそうな。
急に親近感が沸いて嬉しくなる私。
すぐに痛み止めと吐き気止めの点滴を所望しました。(って、それは違うだろう)

相方に電話。昼前頃に退院するので11時頃来て・・・とお願いしました。

よし、退院前にもう一度朝ごはんを頼もう・・・といっても、透明な液体のみだけど。
相変わらず、前日の麻酔の影響か、喉はカラカラです。

↓手術翌日の朝ごはん。昨日とほぼ一緒。相方がいないのでフルーツパンチはないけど、昨日より若干食欲がありゼリーを2つ注文。

syujutu6.jpg

昨日すごく濃く感じた野菜スープがあっけにとられるほど薄く感じてまずい・・・!殆ど飲めず。
ゼリーは乾いた喉に染み渡り美味しい。普段甘すぎと感じるアメリカのゼリーもとても美味しいっていうか、もっと甘くてもよろしくてよ状態。身体が糖を欲しているのかしら?

ゼリーをチビチビ食べていると、Physician Assistant (医師助手。執刀医の代わりに私の傷や状態をチェックしにきています。前夜も傷を見にきました)が登場。

「調子はどう?」と訊ねながら、私のバイタルその他検査結果を見る。
「全て良好ね。では傷を見ます」ということで私のお腹の傷をチェック。
「良さそうね。では本日退院して大丈夫よ。」と言い、退院許可。
まあ、いわれなくてもかなり調子良さそうなので退院するつもりではいたけど・・・。
そういえば、前夜看護士から肺に入っている酸素量について「あなたすごいわよ。健常人の私より酸素がちゃんと入っていたわ」と言われたなぁ。。。
                                    
Physician Assistantが去ってから、相方再び登場。
退院許可が降りた旨を相方に報告。
例の日本語が片言話せる看護士さんがやって来たので、今日退院する旨の話しをしました。
看護士は一度オフィスに戻り、退院に際しての書類を持ってきて、退院後の説明をしてくれました。
(時々日本語交じりになるんだけど、それがちょっとわかりづらかった・・・/汗)

退院直前に念のため鎮痛剤と吐き気止めの点滴をもう1度打ってもらいました。
(相方は、点滴なんてせずに帰ろう。痛かったら処方されている鎮痛剤飲めばよいじゃん・・・と何度も言っていたけれど、経口剤は胃を荒らすのでできるだけ飲む回数を減らしたかった_
                                    
点滴が終わり、昨日の手術前から手首に刺さっていた点滴の針を外す。
すると想定外に血がドバっと出た!それを見た相方(←血にめっぽう弱い。ホラー映画は好きなくせに、本物の血をみると卒倒する)が、顔をしかめ「きもいきもいきもい!!」の連発。看護士が目の前にいるのに、恥ずかしいったらありゃしない。
手首にガーゼを巻かれて痛々しい姿の私。
でも、見た目よりかなり元気。
(今考えると、この日が一番元気でした。今現在術後丸2週間ですが、実は痛みがまだあり、胃腸が荒れていて今のほうが体調悪いかも。。。)
まあ、元気と言ってもまだ車まで歩けないので、車椅子を用意してもらう。
看護士は「ゴメンナサイ。ワタシコレカラランチノタメ、カフェテリアニイキマス。キヲツケテ」とご丁寧に日本語で挨拶してくれた。良い子だわ・・・。
看護助手の女性に、メインロビーの車付けに車を持ってきた相方のもとまで車椅子を押してもらいました。

                                      
帰りの車内。車が揺れるたび傷が引きつって痛い。
寝ていたときは感じなかったけど、起きるとやはりクラクラするわ・・・。

帰宅してからの自宅療養は、リビングにこんなベッドを準備。
これ、実はビーチ用ベッド。まだ一度も使ったことが無いのがあったのを思い出して採用。
何が良いかって、リクライニングできるので、お腹の傷に優しい。
相方がシーツを張って病人のベッド風にしてくれました。
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その日の夜。

退院時に、医師助手から「もう何を食べても良い。何でも好きなものを楽しみなさい」と言われたので、何を食べようかなぁ・・・なんてあれこれ考えていたけれど、やはり吐き気があるため食欲も余り無く、、、でも朝からゼリーしか食べていないので、何か食べなきゃ・・・と思い、手術前に作って冷蔵庫にストックしておいた三分粥を食べました。


↓三分粥の左横ははんぺんと大根の煮物。左上は高野豆腐。色合いが全く無くてわびしい。。。
syujutu8.jpg

術後初めての固形物。やはり胃がびっくりしたみたいで半分も食べられなかった。
でも、まあ美味しく感じたからこの時点では順調そうだ。
                                   
食後に医師から処方された超強い鎮痛剤「Hydrocodone」(←鎮痛作用が強く麻薬性があるので過剰摂取要注意。副作用も強い) を1錠飲む。(後にも先にもこの鎮痛剤を飲んだのはこの1度だけ。翌日からはイブプロフェンに変えました)

前日眠れなかったことと、この鎮痛剤の副作用で一気に眠くなった私は、食後まもなくベッドに。
相方にささえてもらいながら2階の寝室に移動してベッドに横になりました。
枕を3つ重ねて頭を高めにしたけれど、病院のリクライニングベッドと比べると傷が痛い!!
・・・それでも、横になった瞬間爆睡でした。

こうして、長い術後1日目は終わったのでした・・・

(相方も前日眠れなかったそうで、私が就寝すると同時に気を失うようにご就寝だったそうです。お疲れちゃーん)

こんな長編読みきったあなたも、お疲れちゃーんっ!!
2014.09.17 / Top↑
(前回からの続き)
外科医の診察時に手術をすることを決め、帰り際にその医師のオフィスで手術の予約をとりました。
この外科医は2箇所の病院で手術を行っているのですが、私は職場であるこの病院での手術を希望しました。
一番早い日程で・・・空いていたのは9月3日。迷わずその日に予約を入れました。
その際に、スケジューラからは手術1週間前から飲んではいけない薬、前日の深夜12時以降は絶飲食。その他注意事項について説明があり、手術当日の時間については後日連絡が行きますと言われ、そのオフィスを後にしました。
                                  
アメリカの手術ってそうなんです。
先に日程を決めて、時間や具体的な場所等の情報は手術の4,5日前にならないとわからない。
しかも・・・
                                  
手術の5日前。
仕事を終えて帰ろうとすると、私の携帯電話が鳴りました。
病院からで、手術前の確認電話。
色々な質問(薬やその他のアレルギーがあるか?今飲んでいる薬、病歴、生活習慣等々の問診)をされ、最後に「手術当日は午前10時15分に院内の〇〇に来て、手術は12時15分に開始します。」とのこと。

ようやく詳しい時間と場所が決まりほっとして、そのつもりで準備していたのに、手術の前日に今度は自宅の電話が鳴り、
「あなたの手術時間変わりました~。午前8時45分に来院して10時45分に手術開始です。では、よろしく~」と。
すっごく軽い感じ。
まあ、深刻に話されるより、ここまでカジュアルに(美容院の予約のような感覚で)言われたほうが私も気が楽になるというもんだ。
                                    
翌朝。(手術当日)
前日深夜12時以降食べ物は勿論のこと、水も飲んでいないので喉はカラカラ。
私の受ける手術は腹腔鏡下胆嚢摘出術。英語ではLaparoscopic Cholecystectomy と言います。もう舌噛みそう!
こちらはお腹に4つの穴を開け(うち1つはおへそ)、そこへ腹腔鏡という細いカメラを挿入しモニターに映った画像を見ながら細い器具を使って胆嚢摘出する手術です。(胆嚢はおへそから取り出します・・・ぎゃおー)
従来の開腹手術と違い、手術の傷も小さいため術後の患者への負担も小さくなります。
それでも、日本では手術の前後トータルで1週間(弱?)ほど入院するそうですが、アメリカでは日帰り手術となります。・・・いくら簡単な手術といっても、臓器1個とってその日に帰すってどうよ!?

時間より少々早く病院に到着。
私が手術をするというのに、遠足気分(?)の相方は、
「記念のために・・・」と言い、病院の前で、待合室の前で、ベッドの上で・・・と何度も携帯で写真を取りまくる。
そのたびに私は「これが、私の人生最後の写真かしれません・・・」と答える。
おいおい。

保険の手続きを済ませ、待合室に移動。その後、私だけ手術前準備のベッドに連れていかれる。相方はしばし待合室で待機。
ここは、日帰り手術専用の場所。手術準備の部屋には沢山のベッドが並んでいてカーテンで仕切られています。
胃と大腸の内視鏡もここで行われます。(アメリカは全身麻酔のため、日帰り手術扱いとなります)

まず、スタッフがやって来て沢山の書類にサインをさせられました。そしてベッドの上に置いてあったガウン(及びなぜか靴下)に着替えるよう看護士に指示されたので早速着替える。
靴下は・・・
↓これ。(持ち帰り可能) 顔がなんだか可愛い~。白い部分が滑り止めのゴム素材になっていてスリッパ代わりになります。
SURGERY1.jpg

肌寒かったので、ガウンの上から自分の上着を羽織っていたら、看護士がやってきて「寒い?今暖かい毛布もってくるから上着は着ないでね」と。
暖かい毛布を持って戻ってきた看護士は、「じゃあ、まずヘパリン(血栓防止の注射)を打ちます」と言って、私の脇腹に注射をグサリ!!
「う・・・!!や・・・ら・・・・れ・・・・た・・・・・」とは言いませんでしたが、いきなり脇腹に注射でびっくり。
その後、右手首に点滴の針挿入。(これ、脇腹より痛かった)
                                                                            
暫くすると相方が呼ばれ、この準備ベッドにやって来た。
不憫な私はこれから手術をするというのに、相方は私の点滴を見るなり
「げっ!痛そう。気持悪くて(!)見てられない!」と一言いい、その後すぐに落ち着かない様子で、「なんか喉渇いたなあ・・・この辺りに自動販売機ないかな?」なんて子供のようにそわそわとしだす。
(呆れた)私が「知らないよ。下のエントランスの辺りに売店あったからそこで水買ってくれば?」と言うと、「うーん、悪いね、じゃあそうさせてもらうよ。すぐ戻るから」と仕切りのカーテンを開けて外に出て行きました。

その相方を見た看護士が「どうしたの?」と相方に声をかけると、「喉が渇いたから水を買ってこようと思って」と答える。
すると看護士が「水?持ってきてあげるから待ってて。氷は?」なんてアメリカにしてはサービス満点に言ってくれたりしてる。。
相方が部屋に戻るとすぐに男性看護士が氷が入った紙コップ入りの水(ストロー付き)を持って来ました。
うーん、聞いてみるもんだね・・・なんて満足げに水をごくごく飲んで氷までガリガリと食べる相方。
おいおい、君はいったい何しに来たんだ!
                                          
点滴を入れてから待つこと1時間半・・・まだ呼ばれない。
時計を見るともうすぐ10時45分。・・・ま、アメリカだし時間通りに始まらなくてもそれほど驚かない。

でも、点滴を入れているせいか、無性にトイレに行きたくなる。
相方に頼んで看護士を呼び、トイレに行かせてもらう。

11時過ぎ頃、ようやく準備ができたということで、手術室にベッドごと連れて行かれました。
相方とはカーテン仕切り部屋でしばしバイバイ。

私が覚えているのは、ガラガラとベッドに寝た状態で手術室に連れていかれ、よく日本の医療ドラマで見るような、手術用の照明。
↓こんな照明(イメージ写真)。
SURGERY2.jpg

この照明の記憶が術前最後の記憶。
麻酔を入れられたこととか、麻酔入れますよー・・・の合図さえ覚えてない。
・・・・・・・・・・・・・・
                                  

気がつくと回復室。看護士に声をかけられて目が覚めた。
看護士:大丈夫?
私: あ・・・はい。
しかし、目覚めと共に感じた寒気と痛みと強い吐き気。
看護士: 痛い?
私: 痛いし寒いし気持悪い。
看護士: 鎮痛剤点滴しましょうか。
私: はい。あと吐き気止めもお願いします。あと、追加の毛布もできたら・・・(注文多い患者)

看護士は、「痛み止めはモルヒネね。吐き気止めはゾフランよ・・・」と聞いてもいないのに、説明してくれました。
モルヒネ・・・こちら言わずとしれた麻薬性のある強い痛み止め。日本では疼痛の酷い癌患者に使われています。
そしてゾフラン・・・こちらは友人から聞いていたので知っていたのですが、こちらも日本では抗がん剤の副作用で出る吐き気にのみ使われている強い吐き気止めのお薬。
アメリカの薬は強いと思っていたけどここまで来ると驚きの連続。
しかし痛いし気持悪いので「もう何でも打ってちょうだい。強いのでお願い」と思ってしまう。

看護士: お水か氷いる?
私: (水飲んだら吐きそうだったけど、口の中が異常なほど乾いていたので)「氷を下さい」
その後、看護士にスプーンで氷を口に運んでもらいました。
口が渇くと、「あのう・・・氷1個追加でお願いしますぅ・・・」と何度も何度も。
まるで、離乳食要求する手のかかる乳児・・・もとい、高齢者のように。
この氷が砂漠のオアシスのように染み渡った記憶が強く残ってます・・・。

                            
ほどなくして相方が待合室から呼ばれ、私のベッドの元にやって来た。
相方:どう?体調は?
私: (ちょっとむっとして) 痛いに決まってるじゃん。(でも鎮痛剤が効いてきていて少し楽になってる)

私が「ついにキリンと同じになっちゃった・・・キリンには胆嚢が無いんだよ(ちなみに馬や鹿もありません)」とろれつのあまり回らない口調で相方に話していると、それを聞いていた看護士が
「へえ、面白いわね。」と突っ込む。

手術時間はトータルで1時間15分ほどとのこと。
相方は執刀医から直接説明を受けたそうで、「全て順調に行きました」とのこと。
痛み止め等の処方薬は病院スタッフが薬局で受け取って来てくれたとのことで、相方が既に貰っていました。

看護士は「今日このまま帰宅しても大丈夫とのことだけど、どうする?帰宅する?1日入院する?」
相方は「帰ろうぜい!」と張り切って即答したけれど、私は今日だけはこの頼りない?相方の看護だけでは心もとなかったので
「にゅっ入院でお願いします!」
ときっぱり答えました。
アメリカでの入院がいったいいくらくらいするのか、想像もできなかったけど(請求書はまだ届かない/怖)、とにかくこの痛みと吐き気を1夜だけでもプロにケアして欲しかった・・・。

早速看護士は、入院病棟へ連絡をしてくれて、しばし待つこと30分(くらいだったと思う)。
部屋の準備が出来たと言うことで、入院病棟からやってきた男性スタッフにベッドごとコロコロと病室に移動。

話しがかなり長くなってしまったので、手術当日がまだ終わってないのに続きは次回に書きます。

《つづく》

2014.09.15 / Top↑
またまた大変ご無沙汰してしまいました。

このところ、色々とありましてブログやFBや個人的に友達への連絡も遅くなってしまっていて、心配させてしまった方々もいたようで、本当に申し訳ありません。

その色々・・・の中の1つ、それは私の健康状態でした。

夏が一番楽しいミシガン。長すぎる冬を乗り越えたからこそ、やってくる春と夏・・・を思い切りエンジョイする予定でしたが、初夏を迎えたころから私の体調が悪化してしまいました。

それは、タイトルにもあるように『胆石』

この憎っくき石が私の胆嚢の中で踊り始めてくれたせいで、私はこの夏を棒に振ってしまいました。

7月上旬に参加した、ロブスターフェスタというチャリティーのイベント。・・・といっても、ロブスターを食べて美味しいビールやワインと友達との歓談、音楽にダンス・・・ということを楽しみ、ゲーム(有料)参加し、その収益金は全て寄付されるという趣旨のイベントです。参加する私たちはチャリティーをする・・・というほど偉いものではなく、本当に楽しく仲間達と過ごさせていただくという素晴らしいイベントだったのですが・・・。
当日、会場に行き、友人達と会い、ビール片手に楽しく世間話をしていました。
その頃から、お酒に弱くなったことを自覚していたので、空腹に飲んではいけない・・・と抑え気味。ビール1杯も飲みきらず、ロブスターが振舞われるのを待っていました。
いよいよ、ロブスターのサーブが始まる!!

・・・というとき、急に襲ってきた吐き気。
それもハンパない気持悪さ。
トイレに行ってみるものの、吐くこともできず、とにかく気持悪い。
胃(みぞおちの辺り)も痛いような気がしたけれど、とにかく強い吐き気とめまい。
とてもだけどロブスターを食べられるような状況じゃありません。

実はこの会場までは、友人の車に乗せてもらってやってきた我ら夫婦。
我らの車はその友人の家にあります。
「どうしよう・・・どうしよう・・・」 私は焦りました。
相方に話すと「すぐに帰ろう」と。
しかし、我らの車はありません。
皆、ロブスターを食べ始めたばかり。
友達に車を出せと言えるわけがありません。
相方は「タクシーを呼ぶから」と言いました。

私とテーブルを挟んで目の前に座っていた友人Eさんが私の変化に気づき
「どうしたの?」と声をかけてくる。
状況を話すと、
「もうすぐ食べ終わるから、そうしたらうちもそろそろ帰るから、乗せていくよ」と。

で・・・でも、まだ宴は始まったばかり。
「いやいや、これからまだまだビールやワイン飲めるでしょ?本当に気にしないで。タクシー呼ぶから」と言うものの
Eさんは「タクシーなんてもったいないじゃん。本当にうちは小さい子供がいるし、遅くなれないからこれから帰るから、あと5分くらいで出られるから待ってて」とご主人とも話してくれて乗せて行ってくれることに。

相方は「そんな申し訳ないからいいよ!タクシー呼ぶから」とずっと言っていたけれど、私は内心とてもありがたくほっとしました。
タクシー呼んでもすぐ来るとは限らないし、タクシーのあの車内の臭い(日本だけでなくアメリカのタクシーも独特な臭いがあります)を今の体調で嗅いだら、マーライオン間違いなし・・・もしタクシーで吐いてしまったら、日本みたいに1万円取られたりするのかしら???とすごく不安だったのです。
友人の車で吐くなんてもっともっとできないことだけど、友人の車であればあのタクシー臭は無いし、マーライオン警報が出たらすぐに車停めてもらえそうだし・・・。

そんなわけで、私は超楽しかったであろうイベントを、楽しめず空腹吐き気の状態で会場を後にしたのでした。
帰るときも、「もしかしたら、あたしオメデタかもぉー」などと笑えない冗談を言ったり、友人には「すきっ腹に飲んだからじゃない?」なんていわれたりしたけれど、あの尋常じゃない吐き気は一体なんなんだろうか・・・とわからず戸惑うばかり。
(Eさん、Yさんご夫婦には超超超感謝。ゆっくりできず心配かけた他の友達にはごめんなさい)

結局、一晩中気持悪い状態で就寝。
翌日は、友人のお嬢さんの高校卒業パーティーに招待されていたのですが、行けるかどうか危ぶまれました。
幸い、一晩明けるとあの吐き気とみぞおちの痛みは消えていて、パーティーには出席。
でも、やはりお腹の調子が悪くいつもの3分の1も食べられず。

その週末を堺に、食後(とくに脂っこいものを食べると)3時間後くらいに胃痛が出るようになりました。
その頃までは、「本当に胃の調子が悪いなあ・・・胃カメラでも受けようかな」と思っていたのですが、その痛みが徐々に脇腹~右の肩甲骨あたり、更には右肩に広がるようになってきました。

その時点でこれが胆石だったと分かりました。
ロブスターフェスタの尋常じゃない吐き気も納得。

8月に入ると、何を食べても食後は痛みだけでなく吐き気もほぼ毎日でるようになり、これはヤバイと観念。
痛みへの怖さから、食べ物の制限まで始めることになったため、8月に予定していた友達との約束は全てキャンセル。
かかりつけ医の予約を取り、腹部超音波の検査を受けました。

前回検査したときは、結果は担当医に行くからそこから聞いてね・・・と言ってその場で教えてくれない技師だったけれど、
「今、胆石で本当に苦しんでいるの。手術するか真剣に考えているので、今の石がどんな感じか教えて!」と懇願したら技師さん教えてくれました。
「うーん、ここに大きな石が2つあるわね。ここで見る限りこれが20個以上の石なのか、10個分くらいボコボコしている石が2つなのかはわからないけど・・・胆嚢壁がちょっと厚くなっているので炎症してるみたい。でも、この程度ならそれほど酷い炎症ではないよ。それにしてもあなたの胆嚢小さいわねぇ。」と。。

その後、この超音波の結果を聞きに再度かかりつけ医の診察を受けるも、
「あなたの胆嚢、大丈夫だよ。もうちょっと様子見れば?それとももっと精密検査する?」なんて言う。
精密検査って・・・アメリカの検査費用がどれだけ高いか、医者のあんたなら知ってるでしょう。
「いえ、もうそろそろ胆嚢摘出しようと思うので、専門医の予約をとりました」と言うと、かかりつけ医はちょっと心外という感じで、「えー、必要ないでしょう。もうちょっと様子見れば大丈夫でしょう」と、アメリカの医師にしては、かなりのん気な対応。

でも痛いので・・・・

結局翌週に同病院内の専門医の予約を取り診察。
現状を話すと、「胆嚢摘出しましょう。あなたのように症状のある胆石は無条件で胆嚢摘出の適応になるけれど、症状がなくても50歳以上の患者さんについては将来の悪影響を考えて私は胆嚢摘出を薦めています」とのこと。

もう迷いなく、胆嚢摘出手術を受けることにしました。

8月に入り、食べても食べなくても常に痛い脇腹と背中。
痛みと吐き気が怖くて、油ものや卵をいっさい絶っていたため、体重は激減。
食欲はあるのに、好きなものが食べられず、激痩せしてしまい、こんな生活を続けるのはもう無理と思っての決断でした。

胆嚢摘出にあたっての、リスクについて医師に聞くと
「良いことばかりであまり思い浮かばないですよ。術後は何食べても大丈夫。まあ、しいて言うならば、1度に食べられる量が少なくなりますよ。あと、全体の3%に、生涯食後の下痢をきたす人がいます。なので、そういう方はトイレの場所を確認してからでないと食べることはできなくなりますね」とのこと。

えーーーーーーっ!!「しいて言う」ことじゃないじゃん!それすごく大きいじゃん!!!
自分がその僅か3%の中に入りそうに思えて仕方なくなってきた。
もともと胃腸弱くて下痢症だし。。。ああ、でも食べるたびに下痢だなんて想像つかない!
キャンプなんて絶対に行けないじゃん!!・・・(まあもともとアウトドア派じゃないけど)
屋台とかで食べられないじゃんーーーー!

自分が確実にその3%に入った気分になりながら手術日の予約を取り帰宅。

まあ、今の生活自体が、食べると下痢。それプラス脇腹と背中の痛みと吐き気がついてくる。
後者3つが無くなるだけでも、QOLアップというものでしょうか。

そう思い、手術日を待つのでありました。

長くなってしまいましたが、次回は記録のために、自身の胆嚢摘出体験記をつづります。
本日術後3日目で、まだ体力ないので、もう少々療養して元気になってから書きます。

2014.09.06 / Top↑
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